• 鳥もおもしろい!

    UPDATE: 2016.10.02

    ひがし大雪地域は十勝三股を中心に多様な種類の昆虫が生息する場所として広く知られています。しかし、この地域で楽しめるのは昆虫だけではありません。多様な昆虫がいるということは、それだけで昆虫を取り巻く生態系が豊かだということをうかがい知ることができます。

    6月頃、ひがし大雪自然館の周辺は、繁殖のために訪れた「夏鳥」たちでとても賑わうようになります。館に隣接するネイチャートレイルや糠平川橋梁の近くでは、オオルリやキビタキなど鮮やかな色の鳥たちが繁殖期のときだけに出す特別な歌「さえずり」を行い、立ち寄る私たちを出迎えてくれます。それはまるで歌声のシャワーの中を歩いているかのようです。

    夜、多くの鳥が寝静まった頃、どこからともなく「ボウボウ、ウー」という低い声が聞こえてくることがあります。その声の正体はシマフクロウという世界最大級のフクロウの鳴き交わしの声(つまり2羽分)です。このフクロウは国内に140羽ほどしかいないとても希少なフクロウです。豊かな自然環境が残るひがし大雪地域では今でも彼らが巣として使える大木や、エサとなる多くの魚が存在する証拠といえるかもしれません。

    今回紹介した鳥以外にもエゾライチョウやギンザンマシコなど、この地域ではこれまでに約170種以上の鳥が確認されてきています。その中にはミユビゲラやキンメフクロウといった、国内での観察自体が珍しい鳥も含まれています。これまで虫を見に来られていた方も、鳥が好きでまだ来られていない方も、今後はぜひひがし大雪の鳥たちにもご注目ください。

    水浴びに来たルリビタキ

    林道を歩くエゾライチョウ

    路上にたたずむハイタカ幼鳥

  • 黒曜石はガラス(SiO2)を多く含んだ溶岩(主に流紋岩質)が冷却されることによって形成されると考えられています。北海道では「十勝石」という名の方が一般的です。黒曜石はその名の通り、黒い光沢を持つものが多く、割ると鋭い貝殻状の破断面を示すのが特徴的です。そのことから古くから石器などに利用されてきました。

    十勝における黒曜石の原産地は、上士幌町の十勝三股や糠平湖周辺で、およそ240~150万年前の火山活動によってできたと考えられています。これらの地域よりも下流の音更川や、かつて音更川の流路であった居辺川や芽登川では、角が研磨され丸くなった黒曜石を拾うことができます。また十勝川の美蔓地域にも上士幌とは異なるやや鈍い光沢を持つ黒曜石が産出します。

    十勝の黒曜石は、産地によって色や光沢、形状に違いが見られます。色や光沢の違いは、主に黒曜石に含まれる成分の違いを現しています。一方、形状の違いは、黒曜石が運搬され堆積した環境を反映していると考えられます。

    十勝三股の黒曜石の原産地

  • 現在の糠平湖は、1956年に発電用のダムとして造られた人造湖として知られていますが、かつては天然の湖(古糠平湖)が存在していました。古糠平湖は火山性の陥没地形によってできた湖で、陥没→湖成層の堆積→火山噴火という過程を繰り返したことが明らかになっています。

    初めの陥没により生じた古糠平湖は、現在の糠平湖よりも広大な湖でした。この湖に堆積した地層は十勝幌加層(中期~後期中新世)と呼ばれます。この地層からはウダイカンバやミヤマハンノキ、エゾマツなどの葉や毬果、保存不良の化石が産出します。そして火砕流の噴出によって古糠平湖は埋め尽くされてしまいます。

    その後、再び陥没によって新たに古糠平湖が誕生します。この湖に堆積した地層はタウシュベツ層(前期更新世)と呼ばれ、現在の糠平湖を取り囲むように分布しています。この地層からは、ウダイカンバやナナカマドなどの約40種の温帯~冷温帯の落葉広葉樹の化石が多産します。また大型のサケ科の魚化石も発見されており、激しい火山活動の合間に静寂な時代が存在したことを物語っています。

    これら2つの地層から産出する植物化石は、現在の糠平湖周辺にも生育している植物ばかりです。そのことから今からおよそ700万~200万年前の古糠平湖は現在とほぼ同じか少し温かい気候だったと考えられています。

    タウシュベツ層から見つかったサケ科の化石

  • 上士幌町の最北部、三国峠の北東に位置する三国山(1541.4m)は、大分水嶺(点)があることで知られています。分水嶺(点)とは、雨水が異なる水系に流れる場所を指します。三国山は、新第三紀中新世の古い火山噴出物からなる山です。それに対して石狩連峰の石狩岳(1967m)は、日高累層群とよばれる海底の砂や泥(粘板岩)を主体とした白亜紀後期~古第三紀の堆積岩で出来ています。その隣の音更山(1932.0m)とユニ石狩岳(1756m)は日高累層群に貫入した新第三紀中新世の閃緑岩類で出来ています。

    「三国」とは旧地名で石狩国(上川町)、十勝国(上士幌町)、北見国(北見市留辺蘂町)の境界に位置することに由来します。分水嶺とは異なる水系の境界線を指しますが、三国山の分水嶺は異なる海域に注がれる水系の境界であるため、大分水嶺と呼ばれています。三国山の山頂から西へ300mの標高1530mの峰が北海道の大分水点で、この地点に降った雨は、石狩川を約230km流れて日本海、十勝川を約140km流れて太平洋、そして常呂川を約110km流れてオホーツク海にそれぞれ注ぎます。日本では、このように3つの海域を分ける分水嶺は極めて稀です(もしかしたら日本唯一かもしれません)。北海道では三国山しか存在しません。

    三国山の大分水点

  • 丸山噴泉塔群の中で最も大きなものは、1980年の発見当時で高さ154cm、2010年の調査では高さ276cmまで成長していることがわかりました。つまり30年間で122cmも成長していることになります。噴泉塔の成長は断続的で、平均成長速度は1年に4cm、1984~1990年の最盛期には1年に6~7cmも成長しており、「成長する白い塔」として知られています。噴泉塔や石灰華台地は全国に多く存在しますが、丸山噴泉塔群のように成長が早く高さ2mを超えるものは珍しいとされます。成長著しい噴泉塔の湧出口から鉱泉が染み出している光景も神秘的です。高さ276cmの噴泉塔は、表面が風化するとともに成長の痕跡や湧出口が確認できないことから、既に成長を終えているのでしょう。尚、別の塔からは鉱泉が染み出しているため、今後の成長が期待されます。

    では、丸山噴泉塔群はいつ頃から成長し始めたのでしょうか。先ほどの成長速度から逆算すると、丸山噴泉塔群は1940~1960年頃に成長を始めたことになり、最近形成された非常に新しい地形であると推察されます。近年、1980年8月の噴泉塔発見よりも前にこの地を訪れていた人物が明らかになりました。それは地質調査所の菊池徹氏と五十嵐昭明氏の調査隊です。彼らは1953年7月に丸山山頂付近にある鉱床の賦存調査のためこの地を訪れていたのです。ちなみに菊池徹氏は丸山調査の3年後に第1次南極地域観測隊の隊員53名に選抜され、タロ、ジロをはじめとするカラフト犬の世話を担当しています。そう、彼は映画「南極物語」、TVドラマ「南極大陸」のモデルになった人物なのです。話を戻すと、彼らが1953年に撮影した写真には、白色沼はあるものの、あるはずの噴泉塔が確認できません。つまり噴泉塔群は1953年には未だ出来ていなかったのです。したがって噴泉塔は1953年以降に成長し始めたことになり、この時期は塔の成長速度から算出した年代とも合致します。

    今回紹介した丸山噴泉塔群は、12個以上ある丸山の火口のひとつにすぎません。丸山には他にも石灰華台地、赤い沼、赤い滝、苔の滝など、不思議な地形やそれにまつわる事象が数多く確認されていますが良くわかっていないことも多い山です。東大雪地域は未だ謎が多く秘境の地です。

    噴泉塔の変化

    鉱泉の湧出

    菊池らが撮影した白色沼(1953年7月)

  • 1980年8月8日、上士幌町の渕瀬一雄氏と帯広市の印銀信孝氏は地質調査のため、上士幌町の丸山(標高1691m)に登りました。二人は無事登頂を極めましたが、下山の途中で道に迷い、沢を探すうちに偶然にも乳白色の沼と噴泉塔を発見しました。この発見をきっかけに同年10月には有志8人の探検隊が編成され、初めて白色沼と噴泉塔の位置や写真が新聞に報じられました。

    噴泉塔群がある丸山は、1991年に指定された東大雪地域唯一の活火山で、山頂には第1・第2・第3火口をはじめ、北西から南東方向にかけて大小12個以上の火口が存在します。地層の層序と古文書の調査から、第1火口は1898年12月3~6日に水蒸気爆発を起こしたことが明らかになっています。現在も噴気活動を続けているのは第3火口で、地温が高く硫黄も生成されています。丸山噴泉塔群は丸山山頂から南東1.3kmの爆裂火口(標高1120m)に形成されています。

    丸山噴泉塔群は、湧出する約23℃の鉱泉から炭酸カルシウムが沈殿して成長した大小約20個の「噴泉塔群」、無数の炭酸ガスが湧き出す長径約70m深さ3.5mの「白色沼」、そして白色沼から流れ出た鉱泉から炭酸カルシウムが約100mにわたって沈殿・堆積した「石灰華台地」の3つの地形からできています。火口の底から湧出する鉱泉は、雨水などに涵養された地下水に火山ガスが混入したもので、周囲の岩石からカルシウムなどを溶かし込んでいると考えられています。白色沼に生物は確認されていませんが、面白いことに噴泉塔の周囲にはチャツボミゴケという鉱泉や温泉地に限って分布するコケ類が生育しています。

    丸山噴泉塔群の全景

    丸山と噴泉塔群の位置

    丸山噴泉塔群

    噴泉塔周辺に生育するチャツボミゴケ

  • 大雪山国立公園の南東部のエリアを通称、東大雪(ひがしたいせつ)と呼んでいます。このエリアの定義や境界線はありませんが、糠平湖や然別湖を中心に、石狩岳、ニペソツ山、ウペペサンケ山、然別火山などに囲まれた地域を指します。以前はこれらの地域を表大雪に対して"裏大雪"と呼んでいましたが、近年では"東大雪"と呼ぶようになっています。

    しかし、この"東大雪"という名称は正式な地名ではありません。そのことから、東大雪という地名は地図帳や地形図に記載されていませんし、日本政府が発行している「地名集日本」にも登場しません。また学校の地理の時間では、東大雪周辺を"石狩山地"という名称で学習します。

    ひがし大雪自然館も東大雪の名称がつく施設の一つですが、"東大雪"の名の付く施設等を調べてみると、面白いことに上士幌町糠平と新得町トムラウシのみに見られます。したがって、大雪山国立公園の東大雪地域は上述した地域を指しますが、施設名称等の使用から見ると糠平とトムラウシの2つの地域で用いられている名称だとわかります。ちなみに然別周辺も東大雪地域に含まれますが、ここでは"然別"の名称を使用するケースが多く、東大雪という名称は使用していないようです。

    大雪山国立公園(環境省パンレットより)

Back To Top